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番外編のタイトルが出てこなかったことに驚愕。ずっと書いてなかったからね。
ちょっとやる気を出すために、途中までだけどここにてうp。あともうちょっとで終わるのにぃ(´Д`)
3月11日が最終保存でここまで書いてました。
これで本編の伏線がいっこ増えました。





 以下、サイト掲載分の続き



慣れた城内を佐助は音もなく駆け抜け、主に与られた部屋へと向かう。濡れた忍装束が肌に張り付き体温を奪ってゆく中、それでも縁側には上がらず佐助はすっと雪に膝を着いた。
上から降ってくる雪が今までになく優しく感じるのは気のせいではないだろう。
ついさっきまで、佐助の行く手を阻むものでしかなかったそれが急に好ましいもののように思えて、自然と唇の端が上がった。その時、
「佐助か…?」
伺うような声ではあるが、名を呼ぶ辺り確信あってのことだろう。忍びの気配を読むのが苦手な主が、自分が声をかける前に気付くということが、どれだけ彼が報告を待ちわびていたのかが伺えた。
「御前に」
短く返した言葉の後直ぐに、帳を蹴倒す勢いでこちらに駆けてくる足音がする。
部屋と濡れ縁を仕切る障子だけは幾分手加減の程は見えたものの、それでも乱暴に開け放たれたそれが辺りに音を響かせた。
「佐助!よう戻って参った……!」
白い息と共にいつもの口上。しかし込められた想いが今は違うことを佐助も分かっているから無駄なことは口にせず、今にも泣き出しそうな主を見上げたまま報告を始めた。
「本日未明、真田昌幸公が身罷られました」



静か過ぎる沈黙が佐助に黒い影を落とした。しかし、相手の身を支える腕と胸にはまだ熱が伝わって来るから、まだ大丈夫だと佐助は無意識の思いで痩せ細った昌幸の体を支え続ける。
『いるのであろう、佐助』
そう声をかけられ病床に臥す昌幸の御前に姿をさらしてからすぐ、彼は己の身を起こすよう佐助に命じた。生来の自尊心の高さは病を持ってしても変わらないらしい。無理のないよう体を起こすのに手を貸し、それからどの位経っただろう。
「お前は俺が憎いだろう?」
前置きのない唐突な会話の始まりに相手の余裕のなさを感じはしたものの、思っていたよりもしっかりした声音に佐助は胸を撫で下ろす。
「何故、そんな事を今更聞くんです?そんなの決まってるじゃないですか。俺は一度だって昌幸様を好いた事なんてありませんよ」
顔が見えないことから佐助はさも嫌そうな声で、しかし昌幸の問いに肯定はしなかった。
それに気付いている昌幸がククと喉を鳴らすようにして笑う。
「遠慮するな。お前を、光の中へと誘のうたのは俺だ。お前の性格ならば隠里にいた方が、余程心静かに己が役目を果たせたであろうよ」
総じて甘いと言われた気がして反発の思いも生まれたが、否、と佐助は静かに瞑目した。確かに自分にはあの殺伐とした空気の中、与えられた任務に疑問も持つ事なくただ眈々とこなしてゆく方が楽だったかもしれない。
影は闇にまぎれる。ただそこには黒い闇とか影とか、そんなものしかなかった。
光が強ければ強い程その影は闇を濃くする。それは光と影を自覚する者からして途方もない落差を感じずにはいられないものだった。
佐助の主は自分のどこをそんなにも気に入ったのか、いつも傍にいたがった。ただの興味本位だったのかもしれない。物珍しかったのかもしれない。最初の頃はまとわりつく若子をわざと佐助は遠ざけた。それは嫌いだからとか、憎らしいからとかそんな悪感情からではなく、単にやたらと忍具に興味を示す主を持て余したのだ。
ただ、見せたくなかった。
血で汚れた苦無。脂で滑る手裏剣。骨で歪んだ千本。
そんなもの、見せたいわけがない。
酷い任務の後は己を責めるかのような光が煩わしく、そして荒んだ心を照らすかのような光が愛しくもあった。相反する想いを内に抱えるのは安易ではない。どちらも真実。
だから昌幸の言葉は正しくあったのかもしれない。
穢れた己を見つめ直すという作業は自虐的行為といえよう。
「若子の家臣としながらも、お前は良く動いてくれた。礼を言う。所詮俺は忍を忍としてしか扱うことが出来ん男だ。これからは若子の為だけに働いてくれたらいい」
詳しくは語られなかったが、昌幸の命も受けていた佐助は小さく頭を下げる。
「昌幸様、一つお伺いしたい」
「申せ」
そう短く返され佐助はまた小さく頭を下げる。これが最期の機会であると何処かで分かっていたから、本来であれば聞くまでもない事を聞こうとしている自分を自覚して佐助は苦笑を咬み殺す。
「貴方は何故俺を選んだんですか?あんな年端も行かない子供の俺に何を期待して……」
「そんなことか」
数度肩を震わせて昌幸が声なく笑う。
「ならば逆に聞こうか。お前は若子を殺せるか?」
まるで、忍に術は使えるのかとでも問うような。
こんな時、佐助は昌幸が何を考えているのか分からなくなる。
好いた事がないのは事実だが、味方としてこれ程心強いと思う相手もそういない。絶対に敵には回したくない類いの人間だ。だから分かりやすい嘘で誤魔化す事はしない。
佐助が首を縦に振ったのを確認し、昌幸がさらに問いかける。
「それはどんな時に?」
「若子様がしかるべき時にそう望めば」
若子が己を殺せと言った時には、と佐助は顔色一つ変えずに言い切った。どちらにも動揺の表情は見あたらない。
「他には?甲賀の忍が主を唯一と定めるということはどういう意味を持つのであろう。主を守り切れず死なせてしまえば甲賀の忍という商品価値が下がってしまうからであろうか。しかし、主を殺す事を禁じてはおらんな」
それは遠回しに主を自分の手で殺すなら鞍替えしても良いという事になりはしないかと、昌幸が言う。
「この地は大国に囲まれ、情報収集に余念がおけぬ。優秀な忍は喉から手が出るほど欲しいものだ。だが武士のようにお家の縛りがない忍の忠義を得る事は容易ではない。だからといって金で雇った忍をどこまで信用すればいい?もう一度聞こうか。甲賀の忍はどんな時、主に手をかけるのか。そしてその後どうするのか」
疑心的な問いではなく確認するかのような言いように、昌幸が全てを知りその上で応えを求めている事に佐助は気付く。
今この時、禁じを口にする事に迷いはなかった。
「己が主と認められなくなった時、事故を装い殺すか……殺して当人に成り代わる」
低めた声が事実の重さをあらわす。
「忍は影武者よりも上手くやりますからね。変化の術は叩き込まれますよ。権力者に成り代わり甲賀はそうやって伊賀と並ぶ隠れ里になった。主は唯一とは綺麗ごとばかりじゃない」
「なら分かるだろう。俺はその憂いを排除したかっただけだ」
「それこそ納得いかない。貴方が息子の為にそこまでするようには見えませんよ。自分の血を引く子供らですら人質として差し出す道具か何かのようにしか考えていないくせに……!」
違うだろうと分かっている。ここで自分が望んでいる答えをくれないからといって、彼を責めていいはずがない。
この時代親子で殺し合い、兄弟で家督を巡って争い憎しみ合うのは当たり前。己の子供をお家の道具として扱って何が悪い。それが姫君であれば尚の事顕著だ。
特に真田が武田の家臣になる前は、東に北条・徳川、西に上杉、南に織田と強国ばかりに囲まれていたことを思えば、まだ五つになったばかりの若子を忠義の証として武田へ送るのも道理である。そこに家臣として同道させる為に自分を呼び付けたのも意に叶っているといえよう。裏切らない忍というのは、周囲が敵だらけの小国大名にとってどれ程重宝するであろうか。しかし、そう思うには佐助は大事過ぎるものができてしまった。
息子をだしに忍を飼い慣らそうとした男が許し難く、それにまんまと嵌められている己の愚かさが腹立たしかった。
『俺の息子は可愛く育っただろう?』
あの日、若子の手をとった佐助にそう言った昌幸。やられたと思いながらも握った手を離さなかったのは自分。
でも、それと同じくらいの気持ちで感謝をしているんだ。
何がとは言えない。多分全てに。
今間違いなく自分は幸せだと思えるから。
なのにたったひとつの事が許せない。
佐助は若子を愛している。こんな満ち足りた気持ちにさせてくれる人は、越後で自分を待っているであろう若子しかいない。その佐助の主たる若子がたった一人慕う父に、情を向けられていないという現状が佐助は嫌でたまらないのだ。彼の代わりに自分こそがと慈しんできた自覚もある。それさえも昌幸の計算の内であったというのだろうか。
「何が不満なのかと思えば、お前はそんな下らない事を考えておったのか」
「下らない……。昌幸様からしたらそうでしょう。でも若子様の側にいる俺からしてみれば……堪え難いものがありましたよ」
昌幸が佐助や家臣にみせる顔と、若子にみせる顔が徹底して違う事を佐助は嫌悪を含む気持ちで見てきた。一心に父を慕うのも頷ける程善良な一面を若子に見せ続けた男のなんと狡猾な事か。
そう、若子に対して昌幸は完璧な父親を演じてきたのだ。
武田へと向かう日、敬愛する父の命とあらばと目に溢れんばかりの涙を溜める若子を離れ難いと抱き上げた昌幸。その光景を誰よりも冷めた目で見ていたのは自分だ。
何も知らない者からしたらさぞかし理想的で美しい親子であったことだろう。それが作られたものだと知っている者からしてそれは、強い不快を感じずにはいられないものだった。
「そうまでして、己の望む忍が欲しかったんですか。確かに俺は貴方の思い通り若子様を裏切らないでしょう。でも四年前、若子様と再会した時、俺が非を認ず若子様の落ち度だとすれば、貴方は忍の術で好きにすればいいと言った。忍が本気を出せば大名の御曹司の一人や二人証拠も残さず始末出来る事くらい貴方も知っているはず。それに、気に食わなければ俺も殺してしまってもいいと思っていた」
「元よりそこで殺される様であれば、この真田を取り巻く情勢の中、生きて行くのは辛かろうよ」
「!」
この男はどこまで、と佐助はにわかに湧き上がる怒りを鎮めようと瞑目する。
しかし、声に表れる色までは隠す事が出来なかった。己だけではなく若子まで侮辱されたとあれば黙っている事など出来るわけがない。
「忍ごときに侮られる様であれば自分の息子とて死んだ方がマシだと、そうおっしゃられますか」
はっきりとした佐助の怒りを受け、昌幸がふふと笑った。
「佐助、若子は武田でどの様に過ごしておった?不当な扱いを受けたであろうか。今は敵国とも言える越後ではどうであろう。監禁でもされ日々を過ごしているか?」
病に侵された体は見る影もなく衰え、同情さえ湧き起こりそうな風体であるにも関わらず、声だけは変わらぬままふてぶてしく傲慢で、しかし聞くものの感情を揺り動かさずにはいられない何かを秘めていた。
「俺は天下を取ろうなど思っておらん。それを若子に望んでもおらん。ここは統治することさえ困難な地。それを守ろうとすれば、若子がどこぞの大国の質となる事は生まれる前より決まっていたこと。それにあれは母親似、俺のようには生きられん。なら俺はどこへ行こうとも生きてゆけるよう導くしかないではないか。あれの気性はお主が一番知っておろう。我生涯の主、武田信玄公もこのまま若子を手放さんであろうよ。だが、実直で清廉であるという事が負になることもある。その為の家臣、その為の布石を打って何が悪い。若子を何者からも守り切ることの出来る存在。若子を生かす手立てを最優先出来る存在。それを俺はずっと望んでいた。若子が生まれる前からずっと」
今まで力なく下ろされていた手ががしりと佐助の腕を掴んだ。
「分かるか佐助。忍であるお主には武士としてのしがらみがない。事が起これば外聞ばかりを気にし、お家の恥だと望まぬ若子に白扇を取らせようとする家臣らも出てくるだろう」
そこでさらに佐助の腕を掴む昌幸の手に力が込められた。
「若子を死なせるな、佐助。絶対に」
何があっても。
例えどんな手を使っても。
「お前が生かせ」
生きてさえいてくれれば、そう込められた強い懇願にも聞こえる最期の命に、驚愕とともに佐助はゆっくりと頷く。
昌幸の本心は佐助には分からない。
昌幸の言葉を盲目的に信じるには、今までの葛藤が邪魔をした。しかし、その言葉と、己の存在意義が重なったから佐助は自分の覚悟を昌幸に示す。

「この命にかえても」

眼の裏に浮かぶ主へと向けた本心からの言葉。
言われずとも元よりこの身、この魂は捧げている。
全ては若子を守る為に。
感覚を研ぎ澄ませるように佐助の両の目が閉じられた。
じわりと、昌幸を支える腕から熱い何かが流れ込んでくる錯覚。
ぐっと込み上げてくるのは今まで感じた事のない苦しさの中に混じる哀愁のようなもの。
決して佐助から若子へと伝える事の出来ない昌幸の想いの在り方。
こんなものを自分に残して一人逝ってしまおうとするだなんて。
「その言葉違えるでないぞ」
佐助の応えに昌幸が小さく頷く。
「あぁ、少し話しすぎたようだ。もうよい」
気怠げにそう告げ、ゆっくり身を褥へと戻そうとする昌幸に佐助は何も言わずに手を貸した。
逡巡の後、すっと部屋の端まで身を下げ昌幸の言葉を待つ。
「まだ、何か言いたそうだな佐助」
一瞬の逡巡を見逃さなかったらしい昌幸が、鋭さの残る目で申してみろと佐助を促す。
「いえ……」
「許す。これが、最期の機会であろうからな」
引く気のない強い視線を向けられ、佐助はあまり間を置かずに口を開いた。
「昌幸様……貴方はそれでも、若子様に本当の顔を見せるべきだった。そこまで、若子様のことを考えておられたのなら……今となってはせんないことですが、
俺はそう思わずにはおれませんよ」
親しい者の本質を知り得ないという事は、不幸であるとしか佐助には思えてならない。それこそ裏切られ続けている事になりはしないか。
「どれが本当であるかなど問題ではない。偽りも貫き通せば真実になるとは思わんか。少なくとも若子にとっては」
それもまたひとつの情のかたちだと昌幸が言う。
その覚悟こそが。容易い方へと流されない強い意志と確固たる信念。それこそが昌幸が若子に向けた父としての情であると。
自分のようには生きて欲しくない―――――そこに佐助が若子に隠す暗い感情が重なった。
若子に決してみせまいと奥底に沈めたそれは狂気であると自覚する最も穢れたもの。
しかしそれは忍の本質に違いなかった。
「差し出がましい事を口にしました」
「よい。それと佐助……」
そこで昌幸は一端言葉を切った。何かを堪えるように目が閉じられる。
そして、
「若子に『父が会いたかった』と……伝えてくれ」
紡がれたのは、在り来たりな言葉。
しかし、そこには佐助が今まで昌幸から感じたことのない感情が在ることに気付く。
昌幸の本心を聞いた今だから気付くことが出来たんだろうか。
それともずっとあったそれに佐助は気付こうとしなかっただけなんだろうか。
今となっては分からない。
でも、それは佐助がずっと欲していた答えであったことには違いない。
胸が熱くなり、空気のような塊が喉を圧迫する。
「御意」
佐助は面を伏せ短く承諾の意を昌幸に示した。
それ以上はもう言葉になりそうになかった。




佐助の視界にちらちら映る雪が、若子との距離を曖昧にした。白い花びらのようなそれは、薄紅色の単衣を身に付けた若子を隠してしまいそうで、佐助の胸にあった哀愁を呼び起こす。しかし佐助はそれよりも大きな眸に溢れそうになっている涙に気を取られてしまう。


もうちょっと続く……

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